「コンビニ人間」を読んで考えた幸せのカタチ

BOOK Mind

コンビニ人間は異常なのか

何年か前に書いたものですが、本の紹介として載せておきます。
何年か経ったけど、私の考え方は、相変わらずです。

異物と個性の違って何だろう

2016年6月に発表された村田沙耶香さんの「コンビニ人間」は、その年の7月31日に初版が出版され、11月には9刷となっている。
この作品は155回芥川賞を獲っていて、その発表が2016年7月19日。
発表後に出版され、話題となり3ヶ月ちょっとで9刷まで行ったという流れだ。

私が村田沙耶香さんを知ったのは、オードリーの若林さんと一緒に「ボクらの時代」というテレビ番組に出演しているのを見たのがキッカケだ。
調べてみたら、あれは2016年5月22日の放映だったらしい。
村田さんがコンビニ務めをしながら小説を書いている話が印象的だったのだが、あの時はまだ、「コンビニ人間」は発表されていなかったのだ。ビックリ。
コンビニ務めが心の拠り所で、コンビニの仕事が入っている日の方がペンも進む、という話が印象的だった。

そんな村田沙耶香さんの体験が盛り込まれていると思わずにはいられない「コンビニ人間」のあらすじは、こんな感じだ。

36歳独身女性、古倉恵子は、コンビニのアルバイトとして勤務を続け、18年目となった。
仕事仲間ともうまく行っていて、慣れた職場に不満もなく過ごす中、白羽という男性がアルバイトとして採用される。
遅刻や口ごたえ、お客様の個人情報の盗み見など、困った行動が続く白羽だが、この白羽との関わりが、恵子の人間関係に大きな変化を与えることになる。
安定していたはずの日々は、いつの間にか不協和音を奏で、最後に恵子が辿り着いたのは、、、。

私たちの日常で言われている「普通」は、誰にとっても「普通」なのか。
それは多くの人にとっての「普通」であって、誰かにとっては「異常」なのかもしれない。
そんなメッセージが散りばめられた内容だ。

主人公の恵子も、新入りの白羽も、世間から見たら「異物」だが、それぞれに思うところがあり、自分にちょうどいい人生を探している。
それを「個性」と呼べない世間は、いつか2人に追いつくのだろうか。

誰の物差しが正確なのか

今の若いもんは、という言葉が江戸時代から使われていたことは誰もが知っているとは思うけど、それでもいまだに、ある一定の年をとった人たちは「今の若い人たちはーーーだから」という言い方をする。
例えば、「今の若い人たちは、すぐに仕事を辞めちゃうから」とか、「ゆとり世代はマイペースだから時間を守らない」など。
これって、時代や世間がそうさせているところが多くて、誰のせいかと言えば、誰のせいでもあり、誰のせいでもない。

世界的に見れば日本人ほど時間を守る人種も珍しいのではないだろうか。
同じアジアの人たちでも、時間通りに来る人は少ないという話もよく聞く。
グローバル化、多様化と言うなら、「今の若い人たちは」という言葉も、そろそろ死滅した方がいいと思うが、どうだろうか。

私たちはいつも、何かを基準にしてモノゴトを判断している。
「あの人は美しい」「あの人はお金持ちだ」「あの人はかわいそう」「あの人は何もしない」
様々な言葉が日々飛び交っていると思うが、すべての判断は、その人の頭の中にある物差しで測られていて、見る人や場面が変わると、物差しも変わり、判断も変わってくるはずだ。

恵子のように、独身で彼氏が一度もいなくて、コンビニのバイトを18年続けている女性に対して、「かわいそう」とか「定職にも就かず」とか「病気じゃないか」と周りが判断するのは、あくまでも周りの人たちの物差しで見た恵子であって、恵子自身はそれが安定であり、正常なのだ。
多様化は、上の人間にとってはコントロールしにくい面倒な世の中なのだろう。
だけどこれだけ自由が認められる世の中になったのだから、上が下をすべてコントロールするなんて、発想が古いんじゃないか。
人をまとめたければ、惹きつけるしかないだろう。
この人の話を聞きたいと思えば、人は出向いてお金を払ってでも、その人の話を聞くものなのだから。

人は幸せにならなければいけないのか

そしてもう一つの問題は、人は幸せにならなければいけないのか、ということだ。
独身で彼氏もなく定職にも就かないことが不幸と判断され、人々が言う幸せに自分を置くように努力しなければいかないのか。
人の言う幸せは、自分にとっても幸せなのか。

コーチングをしている人たちは声を揃えて言うのだが、自分自身に幸せになる「許可」を出していない人が幸せになれないらしい。
ダメ男やダメな人間関係に身を置いてしまうのは、自分は幸せになっちゃいけないと思っているからなのだそうだ。
だから、自分をほめて、自分に幸せになる許可を与えることで、ダメ男から離れ、ダメな人間関係からも離れ、幸せになるらしい。
言っていることは分かるし、脳科学とも繋がりそうだけど、それもその人の個性、生き方と見守ることはできないのだろうか。
その上で、抜け出す方法はあると提示した方が、選択できる生き方として、前向きに考えられるように思える。

人生には色々なことが起こる。
人はそれぞれの形でダメージを受けているのだ。
傷をそっとしておいてくれる時間を経たことで、幸せをつかみに行くパワーを手に入れることもあるだろう。

自分自身の状況によって「コンビニ人間」の結末の捉え方も色々なのだろう。
私にとっては、前向きな選択をした結末であり、動いたことでステージが変わる様子が表現されていると感じた。


コンビニ人間 (文春文庫)